大判例

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宇都宮家庭裁判所栃木支部 昭和44年(家)792号・昭44年(家)791号 審判

〔主文〕(1) 相手方は、申立人長田としに対し、栃木県知事の許可を得たうえ相手方所有の栃木県下都賀郡○○町大字○○字○○△△△△番の△、畑11.04アールを建物敷地とし同地上に、右許可のあつた日から三か月以内に申立人とし所有の別紙第一目録記載の建物を移築し、右建物に炊事室3.3平方メートル及び便所0.825平方メートルを増築して同人に引渡せ。

(2) 相手方は申立人長田としに対し前項の家屋を移築し引渡しの日以降一か月金一万五千円の割合で毎月一〇日限り

(3) 相手方は申立人長田美智子に対し

1 金三九万円を直ちに

2 昭和四六年一一月以降一か月金

一万五千円の割合で毎月一〇日限り

それぞれ申立人ら住所に持参又は送金して支払え。

(4) 審判費用は各自の負担とする。

〔理由〕一 本件申立の趣旨

申立人ら代理人の本審判において求めるところは「相手方は申立人長田としに対し扶養として、同人所有の畑五反五畝一七歩(55.1アール)を贈与すること及び申立人美智子に対し、扶養料として一か月金二万五〇〇〇円ずつ支払え。」というにあり、相手方はこれに応じない。

二 調査資料

<略>

三 現在までの経緯と実情

(1) 相手方は、申立人としの長男であり、申立人美智子の兄であつて申立人としには申立人美智子および相手方のほか二男春夫(昭和一八年七月二日生)長女道子(昭和二一年四月一一日生)、三男幸夫(昭和二三年六月二日生)の三子がある。申立人としは亡夫権蔵と昭和一五年に婚姻し同人と労苦を共にして自家農業に励み、その結果権蔵はとしの協力により当初の田畑所有面積約六〇アールから、昭和三九年には山林を含み三〇〇アール余を保有するまでに至つた。

(2) 昭和三九年四月二〇日権蔵死亡による相続の開始に際し申立人両名は上記遺産を相手方に単独相続させて将来相手方の世話になるため他の相続人らと共に相続を放棄したので、相手方は権蔵名義の全財産を取得して農業を営むことになつた。

(3) 申立人らは、権蔵死亡により、農業後継者となつた相手方に同居し、その扶養を受けていたが、昭和三九年一一月、相手方がユキ子と婚姻同棲してからユキ子と申立人としは折合が悪く感情的対立から不和を生じ、相手方は妻に同調する為、その対立は深くなる一方であつたところ、昭和四三年春、申立人美智子が腎臓病に罹り入院した際、相手方はなんら理解ある態度を示ず夫婦して申立人としおよび美智子等に辛く当つたためとしは同居に耐えず、家を出て一時他家に住み込み奉公をしていたが、昭和四三年六月一三日当裁判所において次の条項により調停が成立した〔当庁昭和四三年(家イ)第二八号親子関係調整申立事件。なお申立人は本件申立人とし、相手方は本件相手方、利害関係人長田春夫〕

1 申立人は昭和四二年一二月一九日

下都賀郡○○町大字○○字○○△△△△番地

田一、三〇五平方メートル

ほか二八筆につきなした長田としほか五名の共有登記のうち相手方を除く五名の共有持分を相手方に譲渡登記するよう努める。

2 相手方は利害関係人に対し、さきに貸付けた金一二〇万円を同人に贈与する。

3 申立人の二女美智子の入院費用は、相手方において負担する。

4 申立人三男幸夫、長女道子、二女美智子が将来結婚又は独立する際は、相手方においてその面倒みること。

5 相手方は、申立人に対し、小遣として毎月一万五〇〇〇円ずつ支給する。但し本年六月分は一万円とする。

6 相手方は申立人に対し昭和四〇年に建て増した離れ(約33.057平方メートル)の所有権移転登記又は保存登記手続を第一項の登記と同時になす。

7 つき合い費用は相手方の負担とする。

(4) としは上記調停により復帰して相手方夫婦と再び同居生活をするようになつたが、嫁ユキ子の気性の激しさもあつて相互に融和せず、美智子が昭和四二年三月二八日入院、同四三年九月初に自宅療養を許され、一年五か月振りに帰宅した後の同四四年四月、美智子が相手方承諾のもとに洋裁学校に入学したにもかかわらず、相手方から「金がかかる」と文句を言われたことにいたく憤慨し、同人は同年六月単身家を出て、当時東京都足立区○○でアパート住まいをした姉道子に身を寄せるに至り、これがため申立人としもこれ以上相手方夫婦との同居には到底耐えられないとして同年六月三〇日、別居を前提とする親子関係調整調停の申立〔当庁昭和四四年(家イ)第六〇号〕をなしたものであるが同調停は相手方の感情が極度に硬化していて調停に応ずる意思が全く見られなかつたのでとしは改めて審判を申立てるということで、その申立てを取下げ同年七月ごろ相手方と別居するようになつた。

(5) 別居後は相手方は先に調停で定められた毎月一万五千円の小遣銭の支払いもしないので申立人としはやむなく自活のため同年八月二一日より千葉県○○市所在、○○給食株式会社に給食婦として雇われ、同地に美智子を呼び寄せ爾来病気療養中の同女を手許において扶養しているものであるが、相手方からは申立人らに対し生活費等の仕送りは全くなく、としの月二万円の収入によつて漸く生計を維持している状況である。

(6) としは齢五〇を過ぎてから不馴れでしかも過度の労働と都会生活を余儀なくされた結果、精神的、肉体的に疲労困憊の状況下にあり、これ以上都会での生活は続けられないとして早急な帰郷を望んでおり、また美智子も病気療養のために空気の清浄な郷里での生活を待ち望んでいる。然し、申立人らはいずれも相手方との同居生活は不可能であるとして、実家附近に一戸を構え、としは農業を営み生活をたてたいと希望しているが、同人には一と握りの土地もまた住むべき家もないことが認められる。

四 当裁判所の判断

そこで申立人らが果して扶養を要するか、要するとすれば相手方が経済的余力があり、扶養義務者として適当であるかについて考察する。

前示戸籍謄本の記載並びに各審問の結果によれば、としは年齢五五歳であるが、農婦として多年に亘る過激な労働と上記認定のような事情から近時急速な心身の衰えが見られ、無理を押して、辛じて生活資金を稼いでいる状態で、このまま現在の生活を続けることは、同人の心身の健康に好ましくないので、本籍地に帰り、静かな生活を送るのが適当であるところ、同人は本籍地には僅かに別紙第一目録記載の建物を所有するのみで、他に生活を得る方法がないので、扶養を受けなければ生活ができない。申立人美智子は腎臓病が完全に治癒せず、他にもアレルギー性鼻炎等があり、病弱であつて生活を支える何等の収入、資産もないため、既に昭和四四年九月以前から、申立人としおよび兄、姉達の力により生活してきたもので扶養を受けなければ、全く生活することはできない状態である。

一方相手方は上記のとおり昭和三九年父権蔵の死亡により単独相続をして、その全資産及び家業を承継し、別紙第二目録記載の田約五〇アール、畑約一七〇アール、宅地二三二〇平方メートル・山林約一三〇アール及び建物五棟(昭和四五年度の固定資産評価額合計一六七万四二九八円を所有し、農兼○○販売業として年間純所得の最低九一万六三七〇円(月平均七万六三六四円、実収入はこれを相当上まわることは申立人とし及び参考人長田作の各審問の結果窺知出来る)の収入があること、その家族は妻ユキ子及び長男浩一(昭和四〇年九月三日生)、二男勝二(昭和四二年四月二五日生)、長女登起子(昭和四三年七月二三日生)ら四人あるが相手方を除く他の扶養義務者は後述のとおり扶養の能力がないから相手方は順位第一の扶養義務者と認めるのが相当であり、且つその余裕を有するものといわなければならない。

よつて扶養の方法について考察すると前記認定のようにもともと昭和四四年六月、相手方と別居するまでは長年これと同居し生活していたものであり、相手方審問の結果によれば、相手方は現在においても同居を拒否しないばかりか申立人らの復帰を希望しているというのであるから、申立人らが相手方の許に復帰し、同居して生活することができれば最も望ましいことであるが、別居するに至つた事情が前記認定のとおりであり嫁ユキ子が烈しい気性である上、申立人としも勝気であり到底融和し難い間柄であるうえこれまで一度も申立人らを呼び戻すため誠意ある手段を尽くしたことがないことが明らかであるので同居扶養は相互のため適当でないといわなければならない。

ところで申立人としは当審判において、その求めるものは農地であつて金銭ではない旨を繰り返えし述べており、その理由は自立して農業で生計を樹てたいというのであるが親子間に農業経営に関して、なんらかの契約が存在してその履行として農地の分与を請求し得るような事情があれば格別、そのような契約が全く存在しない場合に扶養として農地の分与を求めることは現行法上認められていないし、家庭裁判所がこれを審判事件として処理できる旨の規定もないので扶養の方法として相手方に農地の分与を命ずることは扶養の性質上相当ではない。

当裁判所は、当事者双方の身分関係その他諸般の事情からみて、申立人らとの感情の融和を図ることが先決であることを説いてその解決に努力したが、相手方の感情が極度に硬化していて調停に応ずる意志が全くなかつたので結局審判をなすものである。

そこで扶養の程度と方法であるが、申立人としは本件申立てに至るまで居住していた同人所有の上記建物を、相手方夫婦との摩擦を避けるため、相手方所有地内の適当な場所へ移築して相手方夫婦と別居したいことを強く望んでいること。相手方が相続により取得した財産はとしの多年に亘る労苦により得られたものであることを考え合わせると相手方と同居して扶養を受ける生活状態にまでは至らずとも前示別居以前と甚だしく相違しない生活水準を維持する必要があり、一方老齢の親に対する相手方の扶養の程度は従来の生活をある程度即ちその社会的環境、社会的地位を害しない範囲内で生活費を節約して、それによつて生じた余裕を老齢の親に対する扶養に充てるべきを妥当とするものであり、相手方に余力は十分あるものといわなければならない。扶養の方法としては前示のとおり農地の分与は適当でなく、主文のとおり、とし所有の家屋を移築して同人を居住させたうえ、更に生活費として金銭給付が相当であると認められ、その額について考えるに申立人の収入、申立人等の前示生活状況前示調停において相手方が申立人としに対し毎月一万五千円を贈与する約束をしたことを考慮すれば、としの本籍地に移転後の生活費は一ケ月一万五千円が相当であると認められ相手方の資産収入の状況に照らし、その地位にふさわしい扶養をなすべき義務の存すること、その他本件に顕われた諸般の事情を斟酌して相手方は右金額を支払う余力は十分あるものと認めることができる。相手方は、申立人としに対し親としてその地位にふさわしい生活を営ませるために同女所有の上記建物を、相手方が所有する下都賀郡○○町大字○○字△△△番の△の畑11.04アール上に栃木県知事の許可を条件とし、知事の許可の日から三か月以内にこれを移築し、更に右建物を独立家屋として使用するに必要な炊事室3.3平方メートル及び便所0.825平方メートルを適所に増築して入居させ、毎月右引渡しの日以降扶養料として金一万五千円を支払うことが相当であると判断する。申立人美智子についても、同人の生活費は一ケ月金一万五千円が相当であり、相手方はとしに前示金額を支払うとともに、美智子に対しても一ケ月金一万五千円を支払う余力があると認める。よつて本件扶養申立のあつた昭和四四年九月以降一か月金一万五千円を支払うのを相当と認める。そこで美智子に対する昭和四四年九月から本年一〇月まで二年二か月分合計金三九万円を直ちに支払うべく申立人両名に対する昭和四六年一一月以降の金員は毎月一〇日限り申立人ら住所に持参または送金して支払うべきものとする。

なお申立人としには二男春夫、長女道子、三男幸夫(美智子との身分関係は兄姉)の三人の子供のあることは前示のとおりであるが同人らに対しては、申立人らにおいて扶養の申立てをしていないばかりでなく、右の三名は父権蔵死亡後何等遺産を相続していないこと、春夫及び道子、幸夫には、いずれも申立人らを扶養する経済上の能力がないことは春夫、道子各審問の結果により明らかであるところ、相手方は収入源である農地は約二八アールを除き総べて亡父の遺産を承継したものにかかり、資産も多く、余裕のある生活を送つていること、また本件の申立てに至るまで当然のこととして申立人らを扶養していたこと等が認められるので相手方が将来も引続き申立人らを扶養すべき義務を負担するものと定めるのが相当である。よつて主文のとおり審判する。 (野上大也)

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